残念ながら…本当に残念ながら、
実家の電話番号を着信拒否していました。
まだ父も母も存命中、私の子どもたちは小学生の頃。
とうに私のメンタルの限界は過ぎていて、
不義理とか親不孝とかのレベルではなくて、自分の生命を消耗していました。
(生死に関わること以外、連絡しない)
もうそれでいい、と覚悟を決めて着信拒否しました。
互いの死に目に会わなくても、もういい。
やれるだけのことはやった、もういい。

母の急変の知らせは、当時 関東に住んでいた義妹から電話でありました。
“朝、起きてこない。呼吸はしているけど返事をしない。救急車を呼ぶ?”
すぐに実家に電話して救急車を要請するように伝えて、私は夫の職場に連絡。
夫の運転する車で移動しながら、助手席で実家に状況を聞き、消防局に搬送先の病院を調べてもらい、
子ども会と学級役員の業務を別の役員に依頼。
病院には私が一番早く到着、すぐに実家の家族も到着。
その日の夜に関東の家族も病院に駆けつけることができました。

母は大きな病院にドクターヘリで搬送され、結局 意識は戻りませんでした。
語らない母の枕元でそれぞれが想いを伝える お別れの時間。
それが母にできる私のベストだったと、後悔はありません。
そのとき 私がやれるだけのことはやったから、もういい。
よくがんばったよ、ありがとう 当時の私。
○o。..:*・ ユカエル ・*:..。o○










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